主にTVアニメ、他に漫画、映画、小説を読んだり観たりした時に思ったことや感じた事を綴っていきます。外部記憶みたいなものかな。
 魔法先生ネギま!(赤松健) 21巻レビュー
2008年01月18日 (金) | 編集 |

「根拠もなしに信じられるんが仲間いうんちゃうんかい(知らんけど)」

コタローが珍しくネギに説教してますよ。

やっぱりまだまだ10歳の子供。
同じ年とはいえ修羅場の数で言えばコタローの方が断然上なので、こういうときの落ち着きは流石です。


+ + +


表紙はネギとコタロー。
真ん中に二人を支える戦女神・茶々丸、な構図。
千雨はどうみてもおまけです。


今回のメインヒロインは茶々丸かな。
かなり可愛かった。(そしてエロかった)

マスター(エヴァ)との掛け合い漫才のシーンも良かったんですけど、個人的に一番だったのはネギを優先して千雨を(結果的に)捨てるところ。
ネギの為に全力出し切っちゃうから千雨へ手を伸ばしてもヘロヘロだったんだと思われます。
ロボットらしい割り切りっぷり(優先順位が揺るがない)がナイスな感じ。

ネギに巻かれていろいろと感じちゃってるところなんてのは、赤松コミックらしいサービスシーンでしたよね。
エロというより可愛らしさが先に出てくる辺りが好きです。


そこのシーンも含めてですけど、この巻ではネギの”子供”であることを強調するような出来事が多く起こったお話が多かったのも印象的です。

フェイトにやられちゃって皆バラバラになったころで自分を責めまくるところもそう。
熱のせいもありますが、「力さえあればっ」なんてちょっと危ない方向に走りかけたし。

亜子達が不当な拘束を受けていたところであっさり”ブチッ”と切れてみたりもしました。
思わず「僕の生徒に手を出すな」とかさっくりと正体ばらすような発言も多いですし。
でもこれは子供というよりも基本的に正直者すぎる性格からかな。

そんなネギの子供っぷりを描くのに外見を大人にしちゃうというのが面白い手法。
それが余計にネギの子供な行動を際立たせる感じです。
同時に亜子とのイベントも成立するというのが凝ってます。


そして、今まではなんだかんだ行って常に一緒だったアスナとも離れ離れ。
この魔法世界編ではこれが最大のポイントだと思っていて、アスナにお話の舞台が移るのが楽しみでしょうがない。
フェイトの仲間がアスナの過去を知っている様子なのも、先が気になる伏線です。


「アスナ姉ちゃんにあってお前(ネギ)にないもの・・・それは・・・アホっぽさ、かな?」(コタロー)
「(サウザンドマスターは)バカっぽい奴だったな」(酒場のおっちゃん)

という、追いかける相手に見えてくるネギに足らないものの影。
エヴァや千雨にも散々言われていたようにネギは背伸びしすぎる嫌いがある。
そこが放っとけないオーラになってモテモテの理由でもある訳ですが弊害もあります。
それは適度に力を抜く事が出来ない、つまり”余裕”が無いこと。
学園祭バトル編でもそこを突かれて最後の別れの場面でも超に弄られてましたよね。

ナギとかアスナは無意識に心に遊びを持っていて、それが余裕に繋がっている。
それが普段は「アホっぽい」とか「バカっぽい」という風に見えるんでしょうね。
但し、アスナの遊びの部分はかなり後天的なもの(ナギに植えつけられた?)である感じもするので、過去の封印が解かれた後どうなっちゃうのかが見もの。

アスナやナギはどんなに追いつめられても結局最後には何とかしてしまう安心感を持っている。
今までネギはアスナのそういうところに安らぎを感じて頼っていた部分も大きいはず。

それがなくなったということは、ネギの”お姉ちゃん離れ”ストーリーとも言えるかもしれません。

ネギを中心に集まった”ネギパーティー”も、今はまだ一つピースがかけたら全てが崩壊するような脆さがある不安定な状態です。
精神的にそういう部分を潜在させた状態でありながら、さらに個人がバラバラに引き離されてしまった。
これを乗り越えるのがこの魔法世界編のキモとなることでしょう。
著者:赤松 健
発行:講談社

「週刊少年マガジン」2007年第40号、42号〜第45号、47号〜50号掲載作品

TVドラマ版公式:StarChild魔法先生ネギま!
TVアニメ(1期):StarChild魔法先生ネギま!麻帆良学園中等部2-A
TVアニメ(2期):ネギま!?





魔法先生ネギま! 22巻 限定版(書籍)《仮予約商品04月発売》
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